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手軽で楽しいカウンセリングもある

ことゆめの思いと想い
04 /22 2013
 
カウンセリングって、なんか

「心の病を持つ人のもの」

って印象ありませんか?

でも実は全然そんなことないんです。

とっても幅広いんです。

日本では医療的な意味で捉えられがちですけど、それだけでもなくて、
キリスト教徒の懺悔の様に重いものから、井戸端会議の愚痴程度のものまで…
様々なんです。

重いものばかりのイメージで持たれがちですけどもっとずっと気楽なものもあるんです。

例えば学校や会社や家でちょっと嫌なことがあった。

でも、それを学校の友達や会社の人や家族には話せませんよね。

言った友達から相手にばれてしまうかも知れないですし、
誤解だったのが大きな問題に発展してしまうかもしれません。

言ってしまってからあとで面倒な事になって後悔したりすることってありませんか?

私はよくありました。

そんな時、安心して自由に自分の気持ちを出せる場所、
それが、カウンセリングです。

日常から完全に独立した別の場所で、でも、自分をよく理解してくれる人に聞いてもらう。
そして、心がスッキリする。

「そうだ、これを解ってほしかったんだよ」
「これが聞きたかったんだ」

と納得できる。

こんな素敵な場所は日常生活の中で、実はあんまり無いんです。

たまたまそばに居る身近な人に話したりして

「そうじゃないのに」
「解ってもらえなかった」
「却って嫌な気持ちが増えた」

   komausu.gif


こんなこと、あったりしませんか?

私の「ことゆめ心理カウンセリング」はそんな時に思い出せる安らぎの場所でありたいと思います。

   yasuragi3.gif


昨日発表した新しい料金体系は
そのことをずっと温めてきた結果生まれたものです。

(ここにあった過去の料金体系は混乱するため削除しました)

何かを新しく決めると、
メリットもあるかも知れませんが、デメリットも当然付いて来ます。

なので、この形がずっと続くとはお約束出来ないのですが、
やって行く中で出てきたアイデアを生かしてこれからも色々挑戦していきます。


実は早速、嫌がらせのメールなんかを頂いちゃったりもしたんですが、まあそれは、
こんな私もやっと少しは世間的に認知され始めたってことの証と思ってありがたく受け止めておきます。
 
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「現実感が薄い」

現実感が薄い
04 /19 2013
 
生活していて現実感がない
自分に強い実感がない

こういう問題を抱えている方に僅かながら参考になればと、自分の経験を書いていました。

でも、書き出しているうちにどんどん長くなってしまって、
しかも、自分語りになってしまって、
相談の掲示板で回答者の補足とするにはバランスが悪くなってしまったのでここで記事にすることにしました。

プラスになることがあれば嬉しいのですが。


私の場合は…
ちょっと理屈っぽくなるので参考になるかわかりませんが書いてみます。

自分の奥深い望みに蓋をして、
世間の規範に自分を無理矢理合わせようとしていた時にこの現実感が薄い状態になりました。

「こう思わなくてはいけない」
「こう言う風に感謝して人に尽くさなければいけない」
漠然としたイメージにとらわれ
「世間一般的に、人並みに日々を明るく幸せそうにこなせなければいけない」
こんな風に自分を縛っていました。

そして、自分で縛っていることにも気付かず
「これに苦痛を感じるのは自分が人として愚かだからだ」
「心が豊かでないからだ」
と責めてもいました。

そうしていると自分の
“今、ここで、間違いなく生きている”
という実感が希薄になっていました。

日々、生活を上滑りしているような感じ…
「ドシン!」とした手応えがない感じです。

でも、そこから抜け出せたのは

“本当に自分は何を目標として生きているのか”

をもう一度考え直すことを思い出したからです。
生活していく上で、体調とか金銭的にとか人との関係だとか色々な事情があって、自分の本当に望むことが出来なくたってしまうことはよくあることだと思います。
気持ちは切り捨てて頭だけで処理しようとしてしまうようなことです。

でも、
「自分は何を望んでいるのか」

「自分が何のために生きているのか」

という問題は人間として…いえ、もっと深く、生き物としてなら
絶対に問うていい問題です。
誰にでも問う権利がある問題です。

で、そこを深く考え直してみたのです。

世間的には、自分の周りの人からは、私はこんな風に生きれば理想的だと思われるだろうけれど…

例えば

「きっと周りの人達は、私にこうして欲しいんだろうな」

「こうやったら喜ぶんだろうな」

「こういう事を期待してるんだろうな」

などと人の気持ちをまず考えてしまうのですが、

でも、私の本心としてはどうなのだ?

それで心の底から満足か?と。

違うだろう

じゃあどうしたいのか?

こうしたい

それはなぜか

こうだから

そうか。
では、それはなぜなのか?

…この「ではそれは何故か?」を何度かしつこく繰り返します。

そして、いつか自分の根源的な要求に到達出来ます。

それ迄はある程度時間が掛かると思います。
人によっては案内人になるサポーターがいた方がいいこともあるでしょう。
抱え込んできた時間や根の深さなどにも寄りますが結構大変な作業にはなります。
でも確実に進める方法だと思います。

そしてそうやって苦労して出した答えは、色々な角度から考えても理に適っているのです。

納得できてスッキリします。

そうすると霧が晴れたように自分の実感が取り戻せるのです。


見付け出した答えに対しては、実際何か行動を起こしてみることも大事です。
すぐには無理ならば準備だけでもいいです。
一歩だけでも目標に向けて進んでみる
これが仕上げになります。


  …こんな感じでした。

文章だけだとやっぱり流れてしまうでしょうか。
ちょっともどかしいです。直接お話して伝えたくなりますね。

もし何かピンと来ることがありましたら、お訪ねください。


 

親子の話

親子の話
04 /06 2013
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親と子の問題はとても多く世に溢れています。

一番身近で一番複雑な関係と言えると思います。

かく言う私もかつて
母との関係は長いこと良好ではありませんでした。

母は厳しい人でしたが、子育てに熱い情熱を注ぐ良妻賢母でした。
とても強い人でした。

私は幼い頃、まだ母との関係に疑問を感じなかった頃、
厳しくてとても恐い存在と感じつつも、世界中で一番立派な偉い人で“神”と崇めていました。
母は私の誇りでした。

怒られても恨んだことなどありませんでした。

その関係はある時期から悪化していってしまいました。


でもここで誤解はしないで頂きたいのですが、
母の “厳しさ”に不満を感じたからという訳ではありませんでした。

それは愛情故の宝だと認めています。

これが今日の私の大本を作ってくれたのです。

どちらかと言うと私は、一般的に親から子への厳しさをかなり肯定しています。

ただ優しくするより、基準を持ちながら矛盾なく厳しくすることは、ものすごく難しいことです。

ですから、親と関係が良好ではないということが、
決して厳しくされて拗ねている子供の戯言と言うわけでもないのです。

ところが、それを理解してくれない人は案外多いものです。

親について語ろうとすると
「甘えたお子様感覚の抜けない奴が親に感謝する気持ちを持てないだけ」
と一様に片付けられてしまうことが多かった様に思います。

ここぞとばかりにお説教し始めるような人も少なくありませんでした。

「まず人に寄り添うことからだ」と学んできているカウンセラーですらそうなりがちな様に感じます。

大きな壁を感じました。


この辺りのことは理解してくれない人は多いです。

というか、ほとんどの人は理解しません。
いいえ、そういう感覚が解らないので理解したくても出来ない様でした。

理解したふりをしてくれる方も中には居ますが、本音の部分では否定しているであろうことが感じられました。

経験者でなければ。

いい悪いではなく、そういうものなのです。

長年の経験でそのことを知りました。


一つ一つの出来事を挙げれば少しは理解されるかも知れません。

でも、そういう陰口をきくことが苦痛なのもこういう人間の特徴です。

だから尚更理解されないのでしょう。


親を悪く言うことにも大変な恐怖感でセーブが掛かるのです。


親の悪口は言えない

それどころか、親の素晴らしさを多くの人に認めさせて褒めてもらわないといけないとすら思い込んでいます。

でも…自分のこの爆発しそうな苦しみだって本当は誰かには解って欲しい

でも「誰彼構わず」という訳ではない

「本当に理解し合える人とだけ限定で」という願いです。


…非常に難しい問題なんです。

解る人には解ると言う世界です。


だからなのです!

私がこの問題では特別に力を入れるのは。

本当に“実感として、解る!”という人が圧倒的に少ないからです。

誰にも理解されずに、逆に「お前が悪いのだ」「道徳心が欠如しているのだ」と責められることでどれだけ心が荒んだでしょう。

あの時、解ってくれる人が居たらどれだけ救われていたでしょう。


私にはそれが“解る”のです。

私にならばそれが出来るのです。

悩んでいる人が理解者を得る一歩が大事です。

そして、
そこから初めて次のステップへ進める様になるのです。

 

Cotoyume

「ことゆめ」です。
ことゆめ心理カウンセリング
茨城県 阿見町
所持資格は産業カウンセラーです。

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