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一年経過

個人的な話
06 /25 2018
ほぼ毎日、散歩をしています。30分程度です。
途中に走りを取り入れています。
150mぐらいを2本

それまでも散歩習慣は何度かチャレンジしたのですが
ただ歩くだけだと飽きてしまって続かなかったのです。
一ヶ月くらいすると自然に間が空いていきました。

ところが!
走りを入れてからは続く様になったんです。

そして、それがまる一年経過しました!

それまでに比べて、大分 体調が良くなりました。

これから暑くなりますが、なんとか乗り越えたいと思っています。

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山を見上げて

個人的な話
02 /18 2018
前回の記事から今日までを振り返ってみます。

あっという間でした。
とてもそんなに時間が経っていたとは思えません。
それだけ充実していたという事なのかも知れないと思っています。

楽しい時は早く過ぎると感じられるものですよね。
これは昔から言い古された言葉ですが、本当にその通りだと思います。

浮かれる様な楽しさとは種類が違いますが、深い安心感がそれ以前の長い年月とは比べ物になりませんでした。

方向性が間違っていないことは確信しています。

ただ、やはりとても難しい道であることは確かなので、進む方法については模索しています。

例えて言うなら
この山に登ろうと決めたものの、実際にどうやって登って行ったらいいものか、試しに手当たり次第目に付いた所からよじ登ってみながら、時折遠くにそびえる目的地を見上げて、その高さを感じ入り、考えあぐねている状態…
と言ったところです。
登り方は色々あるのですが、あちこちにそれを阻む制約が散りばめられている感じです。
それはとても険しくて、どれもがそれ以上突き進むことを許さない仁王像の様な装いです。

この状態で居られる期間は最大で5月一杯迄と決めています。

そこから先は、決めた方法で真っしぐらに進みます。

ただ時々、この様な感じで足跡を残しておこうと思います。


Fun time goes quickly.


転換期

個人的な話
02 /06 2018
「自分をここで一本化する」と言ってた矢先に、とても言えない様な転換期が訪れてしまいました。
いつもながら、あたふたと慌ただしいことです。

「転換期」と申しましたのは、大変長期的で私にとって大きな変化となることが起こってしまったからなのです。

大変驚き、でも深く納得しました。

そして、忙しくなります。

ただ将来的にお仕事にプラスになるためにする事で、別に悪い事ではないので、言いたいのは山々なんですが、先がどうなるかまだ全くわからないので、もう少し見通しが付いてからお話しする事にします。

全然上手くいかなかった時、恥ずかしいので。

と、言いながら、自分の事では隠し事が出来ない私のこと、時々溢れ出しそうですけれども。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

自分を“一本化”する

個人的な話
02 /02 2018
自分を分散させない
ここ一本にする

私は本音と建て前を分けるという事があまり出来ません。
いつもいつの間にか自分をさらけ出す方向に進んでしまう傾向があります。

でもここは営業の場の一部
自分を出さない様に務めていました。
無難ないわゆる世間が思う“カウンセラーらしさ”を演出しようと考えていました。
「自分の悩みなんて軽々乗り越えて涼しい顔でいるようなイメージでいるべきなのだろうな」
「カウンセラー自身が悩み苦しみもがく姿はクライアントには見せるべきではないのだろう」
こう思いました。

でもそうすると結局、自分の本音を自由に出せる場所を 他所に 作ってしまうんですね。
他のブログとかです。
(なんか家庭がつまらなくて会社帰りに寄れる自分だけの 隠れ家 を作る世の一部のお父さんのイメージと重なりますね…)

となると、ここへの書き込みは激減します。

心が分散してしまいます。

今回、資格の事や大学のことなど、これからの生き方を考えさせられる様なキッカケがありました。
前回の記事
前々回の記事
そこからカウンセラーとしての自分の表現の仕方なども考えました。
世の中には色んなカウンセラーがいます。
とても一色には収まりません。
私の場合は自分のキャラクターを前面に出した方がいいのではないか、私は“そっち”なのではないのではないか、と。

これまでは葛藤でした。
自分を出し過ぎることで失敗すると、もうそれで怖くなって出さない様に引っ込めてしまう。
いえ、引っ込め過ぎてしまう、という感じでした。

でも私ももう結構な“いい年齢”です。

もう人の顔色を伺うことを優先にせず、自分を確定してしまってもいいのではないでしょうか。
今やらないとこのまま終わります。

これは人の事だと客観視出来るのですが、自分の場合だとそうはいかないのですよね。
この辺りで悩まれている方のお気持ちがよくわかります。

人生の終盤ぐらい、生まれながらに持った本来の自分を自由に表現してもいいのではないかと。

思えばやる気を出してみたり、やる気をへし折られて(自分から折ったのかも、忖度し過ぎで)我慢して小さくなったり…の繰り返しでした。
もうそんな事は終わりにしたいと思います。

何かを決めるとそれに反対の意見も当然現れます。
仕方がありません。そういうものなのですから。
でも、そこで自分を変えたら、いつまでも自分は定まりません。

どちらを選ぶか自分で決める時が来ます。


私は独自路線を貫くことに決めました。

個性派おもしろキャラを貫く
…多分、私は根っからのお笑い気質なんですよ。
よく言えば、楽しんでもらいたいというサービス精神が旺盛

泣いたり笑ったり怒ったり苦しんだり、悩みまくってもがいたり…
喜怒哀楽、感情豊かな普段の自分も隠さず見せる

資格には拘らない

学歴にも拘らない

ただ 哲学 はチャンスがあればどっぷりとやりたいな…
ただ純粋にものすごく惹かれるから

自分に出来ることは出来る

得意なことは得意、それを伸ばす

でも、無いものは無い
頑張ってはみるけど、無理なものはやっぱり無理だ

自分のタイプに合わないことに無理をしない
(もう歳だし)

そこに私の夢は無いから頑張れない

自分の夢に対してだと人はすごく頑張れるんです。
この考えは私のカウンセリングの大元です。

ハッキリ提示して、人から見てわかりやすい存在である様にします。

ということで、もしよろしければ、これからの動きを見守って頂けて、時に笑って(あ、でも“嗤”われるのは悲しいです)気持ちが和んでくれたら嬉しいです。

      ことゆめ

哲学について

個人的な話
02 /01 2018
先程の記事 の続編というか、オプションの様なものです。

私の一人語りなので、載せていいものか迷いましたが、この機会なので書かせて頂くことにしました。

お店に固有の売りがある様に
カウンセラー一人一人にも特色があると思います。

どんなご相談の案件に対しても万能であればそれは素晴らしいのですが、やはり相性というものがあり、得意な分野やそうでない分野もあります。
得意なものを大切にし、特化した方が、より深い話が出来ます。

私は自分が哲学気質である事を売りにしようと思いました。
あ、B男君の様に肝心な時に哲学の話でぶち壊したりはしませんよ、あれは例え話を面白くする為のものですから。

先程の記事 で哲学の話を出したのはその事があったからです。

でもそれなら哲学科を卒業しなければならないのだろうか?
とまた悩み始めました。

先日は心理学の大学で、今度は哲学ですよ。
まあ、何て忙しい。

だって、哲学を専門でやられてきている方が聞いたら、哲学科を出ていない者が哲学を売りにするなど不快でしょう。

でも、哲学というものは大学でしか学べないのでしょうか?

私は哲学史は頭に入っていません。

面白いと思った人の名前しか記憶していません。
歴史的な知識は無いに等しいです。

でも、哲学的にものを考えるのは大好きなんです。

私に哲学の世界への扉を開いてくださった先生は、哲学で大事なのは哲学することだと教えてくださいました。
それが無かったら、哲学は社会科の歴史の授業の中の一つと勘違いしたまま、気付くのがもっと遅れていたかも知れません。
そして気付いた時に愕然としたのでしょう。

心理学も資格を得る為には大学

哲学も哲学者を名乗る為に大学

何でもかんでも大学でしょうか。

もう完全に専攻を間違えた者の僻みでしかなくて、見苦しいだけですね。

学問は素晴らしいと思います。
哲学の教授のお話は本当に面白くこれを学校で学べたら楽しいだろうなと思います。
実際に放送大学とかそれ以外の場所で哲学の授業を受けると時間を忘れる程没頭します。

でも、社会人でそれが許される者はどれだけ居るでしょう?
時間、エネルギー、お金…
それに私は病人です。
何とか普通に暮らせていますがギリギリで、体調は常に不安定です。
だから、電話で出来る仕事を選んだのですから。
どんなに哲学的に生きてきても、「自分は哲学な人間です」と名乗れないのは、哲学的に考えて間違っている様に思えます。
大学の事で嘘をつくわけではないのですから。

出来れば大学に通いたいですが現実的に考えて難しそうです。

行くまでが難しい。
受験勉強が苦手なんですものね。
自分の苦手な受験勉強に無理矢理専念すれば、それ以外の事をかなり捨てなければなりません。
家庭もぐちゃぐちゃになりますよね。

さてどうしよう

私は考えましたよ。

「自称哲学者」という称号を自分に与えようと思います。

「自称」が付けば文句は無いでしょう。
いえ、無い訳ではないでしょうけどかなり減るでしょう。

カウンセラーで自称哲学者

それが私の説明ということにしようと思います。

でも困りましたよね、
なんかインチキくさいですよ。

でも、考えてもみてください。
(ハイ!ここは気を取り直して急に真面目な感じで読むところですよ)

自分が何か困って相談する時
どんな人に聞いてもらいたいですか?

私なら、ツーカーで私の言いたい事が解るような、似たタイプで、同じ悩みを乗り越えた人がいいです。

資格があっても上から目線で冷たい感じとか、知識をひけらかしたい人のところには二度目は行かないと思います。
知識が欲しいわけではなく、私の気持ちを汲んでほしいからです。

病気なら専門家の所へ通った方がいいでしょう。
でも、病気ではなくて辛い人は?

そういう人に合った人の所の方がいいでしょう。

病気でお薬を使われている人には、私では物足りないでしょうし、実際にお役に立てない可能性が高いです。

でも、まだそこまでには行っていない方なら、私の方が合っているということもあるかも知れません。

一度お話ししてみて決める
というのが一番だと思います。

      ことゆめ

Cotoyume

「ことゆめ」です。
ことゆめ心理カウンセリング
茨城県 阿見町
所持資格は産業カウンセラーです。