「現実感が薄い」

現実感が薄い
04 /19 2013
 
生活していて現実感がない
自分に強い実感がない

こういう問題を抱えている方に僅かながら参考になればと、自分の経験を書いていました。

でも、書き出しているうちにどんどん長くなってしまって、
しかも、自分語りになってしまって、
相談の掲示板で回答者の補足とするにはバランスが悪くなってしまったのでここで記事にすることにしました。

プラスになることがあれば嬉しいのですが。


私の場合は…
ちょっと理屈っぽくなるので参考になるかわかりませんが書いてみます。

自分の奥深い望みに蓋をして、
世間の規範に自分を無理矢理合わせようとしていた時にこの現実感が薄い状態になりました。

「こう思わなくてはいけない」
「こう言う風に感謝して人に尽くさなければいけない」
漠然としたイメージにとらわれ
「世間一般的に、人並みに日々を明るく幸せそうにこなせなければいけない」
こんな風に自分を縛っていました。

そして、自分で縛っていることにも気付かず
「これに苦痛を感じるのは自分が人として愚かだからだ」
「心が豊かでないからだ」
と責めてもいました。

そうしていると自分の
“今、ここで、間違いなく生きている”
という実感が希薄になっていました。

日々、生活を上滑りしているような感じ…
「ドシン!」とした手応えがない感じです。

でも、そこから抜け出せたのは

“本当に自分は何を目標として生きているのか”

をもう一度考え直すことを思い出したからです。
生活していく上で、体調とか金銭的にとか人との関係だとか色々な事情があって、自分の本当に望むことが出来なくたってしまうことはよくあることだと思います。
気持ちは切り捨てて頭だけで処理しようとしてしまうようなことです。

でも、
「自分は何を望んでいるのか」

「自分が何のために生きているのか」

という問題は人間として…いえ、もっと深く、生き物としてなら
絶対に問うていい問題です。
誰にでも問う権利がある問題です。

で、そこを深く考え直してみたのです。

世間的には、自分の周りの人からは、私はこんな風に生きれば理想的だと思われるだろうけれど…

例えば

「きっと周りの人達は、私にこうして欲しいんだろうな」

「こうやったら喜ぶんだろうな」

「こういう事を期待してるんだろうな」

などと人の気持ちをまず考えてしまうのですが、

でも、私の本心としてはどうなのだ?

それで心の底から満足か?と。

違うだろう

じゃあどうしたいのか?

こうしたい

それはなぜか

こうだから

そうか。
では、それはなぜなのか?

…この「ではそれは何故か?」を何度かしつこく繰り返します。

そして、いつか自分の根源的な要求に到達出来ます。

それ迄はある程度時間が掛かると思います。
人によっては案内人になるサポーターがいた方がいいこともあるでしょう。
抱え込んできた時間や根の深さなどにも寄りますが結構大変な作業にはなります。
でも確実に進める方法だと思います。

そしてそうやって苦労して出した答えは、色々な角度から考えても理に適っているのです。

納得できてスッキリします。

そうすると霧が晴れたように自分の実感が取り戻せるのです。


見付け出した答えに対しては、実際何か行動を起こしてみることも大事です。
すぐには無理ならば準備だけでもいいです。
一歩だけでも目標に向けて進んでみる
これが仕上げになります。


  …こんな感じでした。

文章だけだとやっぱり流れてしまうでしょうか。
ちょっともどかしいです。直接お話して伝えたくなりますね。

もし何かピンと来ることがありましたら、お訪ねください。


 
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Cotoyume

「ことゆめ」です。
ことゆめ心理カウンセリング
茨城県 阿見町
所持資格は産業カウンセラーです。

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